トレイルジャパンアルプスレースへ挑む
トランスジャパンアルプスレース(Trans Japan Alps Race:TJAR)とは、日本海の富山湾から日本アルプス(北アルプス・中央アルプス・南アルプス)を縦断し、太平洋・駿河湾までの約415km を、8日間以内に、自分の足だけで縦断する世界屈指の過酷な山岳レースです。
体力はもちろん、登山全般における非常に高いレベルの知識と経験、そして勇気を兼ね備え、途中のアクシデントは全て自己対応しなければなりません。またレースへの参加、競技ルールに関しても、厳しい条件が求められます。
2002年に始まって以来、2年ごとの開催となっています。
何を持ち、何を省くか
全長 約415km、累計標高差 約27,000m、そしてビバーク(野宿)主体という過酷な道のりを、いかに必要最低限の装備で乗り切るか。
それには「軽量化と安全性の両立」が重要な要素となります。
必須装備
レースでは、標高3,000m級の日本アルプスを縦断するうえで、1~2泊程度のビバークに耐えうる装備・食料(以下)等を持つことが決められています。
必須装備(一部改変) |
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No. | 装備名 | 数量 | 備考 |
1 | TJAR 登山計画書 | 1 | 要防水 |
2 | 地図(全区間)・コンパス | 適宜 | 要防水、電子地図のみ不可 |
3 | コンパス(方位磁針) | 1 | |
4 | GPSトラッキング端末 | 1 | 端末、防水ケース、予備バッテリーは当日配布 |
5 | 携帯電話 or スマートフォン | 1 | docomo指定(要防水、予備バッテリー含む) レース中は使用できないよう運営側で封印 |
6 | 山岳・健康保険証、免許証等 | 各1 | 要防水 |
7 | 筆記用具 | 適宜 | 黒、赤ボールペン |
8 | 服装 | 適宜 | ・要防水 ・手首・足首まで覆う服装 ・防寒具や雨具での兼用は禁止 ・Tシャツ・短パンのみ禁止 ・アーム、レッグカバー可(肌が露出しないこと) ・防寒着(適宜) ・帽子、手袋(各1) |
9 | レインウェア(上下) | 各1 | ・透湿防水性能があり、シームシーリング済 ・ウインドブレーカー、ポンチョは禁止 |
10 | ゼッケン | 各1 | 受付時に配布(ビブ・ザック・テント用) |
11 | クライミングヘルメット | 1 | EN12492 or UIAA106適合品に限る |
12 | 幕営具 | 1 | テント、ツェルト、シェルター等、いずれか1つ |
13 | 寝袋 | 1 | シュラフ、シュラフカバー、レスキューシート等 いずれか1つ |
14 | ヘッドライト | 2 | 各ライトの予備電池含む |
15 | 赤色点滅ライト | 1 | 行動用ライトとの併用不可 |
16 | 鈴 | 1 | 熊避け用 |
17 | ファーストエイドキット | 適宜 | アクシデント・緊急時に対応できる物 |
18 | 水 | 1L以上 | 複数の容器に入れること |
19 | 非常食 | 適宜 | カロリーメイト、パワーバー等 |
「g単位」で追求する、軽量化への試行錯誤
服のタグを取るのは当然のこと、テントマットを切って保温着にする選手もいます。スタミナを支える食料も非常に重要な要素となります。
実戦で使われた装備
ここでは主に、TJAR 2020大会で使用された装備を紹介します。
ザック
登山におけるザックとは、小さな家を背負っていることに他なりません。装備をしっかりと保護しつつ、激しい動きにもフィットし、どのようなシーンでもストレスなく物を出し入れできることが重要です。
メーカー / 名称 | PaaGoWORKS(パーゴワークス)/ ラッシュ30 |
特徴 | ・「RUN」を重視した設計 ・一般的な登山ザックと比較し、荷重は腰ではなく背中で受け止める ・背面パットは着脱可能 ・ハイドレーションシステム対応 ・ザックを背負ったままメインルーム(気室)へアクセス可能 |
重量 | 690g |
サイズ | 530×260×230mm |
素材 | 100Dナイロン |
トレイルランやファストパッキングを重視した、軽量のフレームレスパックになっています。
「重い荷物を背負わない」ことを前提としているため、一般的な登山ザックにあるフレーム、ヒップベルトも装備していないので、荷物は腰ではなく、背中で背負う設計になっています。
つまり、肩甲骨のあたり、高い位置で荷重を受け止めて、覆いかぶさるように体に密着させて背負います。
シューズ
長距離の過酷な道のりを走破するためには、シューズの選択がとても重要です。TJARでは舗装路の割合も大きく、軽量なシューズを履いている選手が多いです。
浸水や蒸れによる足のトラブルを防ぐため、水捌けや速乾性の高さも大切なポイントになります。
メーカー / 名称 | LA SPORTIVA(スポルティバ)/ AKASHA(アカシャ) |
特徴 | ・衝撃吸収性に優れ、幅広な足形が採用されたロングトレイル向きシューズ ・足の動きに追従し、柔軟性を持ちながら形状を維持するアッパー ・衝撃から足を守る、クッション性に優れたインソールを装備 |
重量 | 約330g(1/2ペア) |
サイズ | 36〜47 |
素材 | アッパー:エアメッシュ+PU レザー+ダイナミックプロテション ライニング:ノンスリップメッシュ ソール:FriXion XT + トレイルロッカーシステム |
衝撃吸収性に優れ、幅広な足形の採用により、ロングトレイルや長距離トレーニングなどに向いています。
アッパーには、足の動きに追従する柔軟性を持ちながら形状を維持する「ダイナミックプロテクションシステム」を採用しています。インソールには悪路の衝撃から足を守る「クッションプラットフォーム」を搭載しています。
AKASHA(アカシャ)の新型モデルになります。
これまでの長距離向けの高いクッション性や走行性はそのままに、シューレースシステムやサイドのデザイン変更などにより耐久性とフィット感がさらに向上しています。
メーカー / 名称 | LA SPORTIVA(スポルティバ)/ AKASHA Ⅱ(アカシャ Ⅱ) |
特徴 | ・衝撃吸収性に優れ、幅広な足形が採用されたロングトレイル向きシューズ ・足の動きに追従し、柔軟性を持ちながら形状を維持するアッパー ・衝撃から足を守る、クッション性に優れたインソールを装備 ・旧型よりも耐久性とフィット感が向上 |
重量 | 約310g(1/2ペア) |
サイズ | 38〜49 |
素材 | アッパー:エアメッシュ+PU レザー+ダイナミックプロテション ライニング:ノンスリップメッシュ ソール:FriXion RED + トレイルロッカーシステム |
ヘルメット
多くの選手が使用していたのが、クライミングギアメーカーとして有名な、PETZL(ペツル)の「シロッコ」というモデルのヘルメットです。
メーカー / 名称 | PETZL(ペツル)/ シロッコ |
特徴 | ・クライミング用ヘルメットの中ではトップクラスの軽さ ・CE(欧州安全基準規格)UIAA(国際山岳連盟)による安全基準認証 |
重量・サイズ | ・160g(S・M) ・170g(M・L) |
素材 | ・外 周:EPPフォーム(発泡スチロールのような素材) ・頭頂部:ポリカーボネート(高強度プラスチック) ・内部ライナー:EPSフォーム(発泡スチロール) ・調整ヒモ:ポリエステル |
ブラック、ホワイトの2色展開です。
ストック
Black Diamond(ブラックダイアモンド)の折りたたみ式のトレッキングポールです。カーボン製で非常に軽くなっています。また、ストックシェルターの支柱にもなります。
メーカー / 名称 | Black Diamond(ブラックダイアモンド)/ ディスタンスカーボンFLZ |
特徴 | ・折りたたみ式 ・長さ調節可能 ・フリックロックプロ搭載(カムレバーを開閉する簡単な操作で、長さ調節が可能) |
重量・サイズ | ・324g(95~110cm・1ペア) ・352g(110~125cm・1ペア) ・380g(125~140cm・1ペア) |
素材 | カーボン |
折りたたみ式で軽量・操作性に優れ、サイズ調節も可能なモデルです。
2022年のモデルではポール径がさらに細くなり、軽量化と収納性が向上しています。折れやすいスナップボタン周辺はアルミ製になり、強度が高くなっています。長さ調節のロック機能も改良され、固定強度が向上しています。ストラップやグリップなどの細部も改良され、使用感がより洗練されています。
カーボンは軽量化に優れていますが、強度に限界があります。非常に強い力や、強い衝撃を受けた場合は破損することがあるので注意が必要です。
より強度を求める場合は、アルミ製モデルがオススメです。カーボン製と比較すると若干重くなりますが、機能や操作性に変わりはありません。
特徴 | ・折りたたみ式 ・長さ調節可能 ・フリックロック2搭載(カムレバーを開閉する簡単な操作で、長さ調節が可能) |
重量・サイズ | ・390g(95~110cm・1ペア) ・420g(110~125cm・1ペア) ・450g(125~140cm・1ペア) |
素材 | アルミ |
幕営具
通常の山岳テントよりも軽量で、設営・撤収が容易な「ストックシェルター(自立式ツェルト)」を使用する選手が多いです。
メリット | デメリット | |
ストックシェルター (自立式ツェルト) |
・山岳テントより軽量、コンパクト ・設営が容易 ・トレッキングポールを支柱にできる |
居住性、強度、耐風・耐雨性、通気性に劣る(あくまで緊急避難用) |
メーカー / 名称 | Heritage(ヘリテイジ)/ クロスオーバードーム f <2G> |
特徴 | ・ポール式により、従来のツェルトよりも早い設営が可能 ・耐水圧:1,230mm 透湿性:367g/m2/h ・結露しにくい ・縫い目にシームシーリング済 ・換気が容易 |
重量 | 540g |
サイズ | ・展開時:W200×D75×H95cm ・収納時:Φ8.5×16cm |
素材 | ・パネル、グランド:10dnナイロン高強度ミニリップストップ ・ポールスリーブ:10dnナイロン高強度ミニリップストップ ・ポール:アルミ合金中空ポール |
パネルに軽量な防水透湿素材を使用し、縫い目がシームシーリングされています。それでいて、軽量・コンパクト性は損なわれていません。また、従来のツェルトよりも速く快適な居住空間を設営できます。
シュラフカバー
SOL(ソル)エスケープヴィヴィは、高い防水性と保温性を兼ね備え、単体でも寝袋として利用できる万能なシュラフカバーです。
メーカー / 名称 | SOL(ソル)/ エスケープ ヴィヴィ |
特徴 | ・内側のアルミ蒸着加工により、体熱の約70%を反射保持 ・透湿性に優れ、ドライで快適な寝心地を提供 ・足元の立体縫製 |
重量 | 241g |
サイズ | ・展開時:213×81cm ・収納時:Φ11×17cm |
素材 | 60gs/m ポリエチレン不織布、内側アルミ蒸着加工 |
頭まですっぽりと覆うマミータイプになっており、オールシーズンで活躍します。単体での使用はもちろん、シュラフカバーやインナーシーツとしてもオススメです!
番外編:ジップロック
意外にも多くの選手がジップロックを使用していました。小物や食料、衣服の防水など、非常に使い勝手が良いのが特徴です。
メリット | デメリット |
・軽量 ・防水性が高い ・中身が見える ・コストパフォーマンスに優れる |
・中身が動きやすい ・ビニール地なので滑りやすい ・消耗品 |
まとめ
- TJAR装備の最大のポイントは「徹底した軽量化」
しかし、装備を簡素化すればするほど安全性が失われるため、そのバランスを深く考慮しなければなりません。「多くの援助(サポート・エイド)を受けてのチャレンジではなく、自らの力で走破する」というコンセプトのもと、選手は自らの体力と安全性を考えたうえで装備を選択し、レースへ挑みます。
- 選手から学ぶ、登山のノウハウ
装備の軽量化には、一つの物をマルチに使いこなす知識と技量が必要です。使い慣れた物を、シーン(行程、標高、季節、天候など)やスタイル(軽さ、快適性など)に合わせて選びましょう。
また、ビバーク用具(ツェルト、レスキューシート、ヘッドライト、非常食など)は、日帰り登山の場合でも必ず携帯しましょう。いざという時の備えが、心に余裕を持たせ、冷静な判断に繋がります。
興味のある方は是非、選手たちの記録を参考にしてみてください!