この記事は、丹沢大山国定公園の東部に位置する「大山(おおやま)1,252m」周辺での山岳遭難事故について、管轄の伊勢原警察署「山岳遭難事故統計」を用いて傾向を明らかにした上で、実際の現場を登山者目線で検証する内容となっております。
対象となる山岳事故は2016年から2020年の5年間、151件分となります。警察庁の発表によると、昨年(2020年)の丹沢を含む神奈川県の山岳事故発生件数は、全国ワースト3位(長野県、北海道に次ぐ)となっております。
大山の山岳事故の傾向~季節と年齢層~
これから迎える紅葉時期は山岳事故が多発!!
紅葉最盛期となる11月が全体の30%近くを占めており、群を抜いて1位となっています。
次いで紅葉が徐々に始まる10月と新緑期間のゴールデンウィークを含む5月がそれぞれ10%ほどなっており、5月・10月・11月の3か月で全体の半数近くを占めています。
【Who】年齢層別の事故割合
70代が26%で1位、60代が17%で2位となっておりますが、他の年齢層でも事故は満遍なく発生しているため油断はできません。
ちょっと待った!2021年は年齢構成に変化が。
年齢層 | 件数 |
---|---|
10代以下 | 1件 |
20代 | 6件 |
30代 | 1件 |
40代 | 3件 |
50代 | 3件 |
60代 | 2件 |
70代以上 | 4件 |
2021年1月~8月までの中間データによると、全体で20件の事故が発生しております。
このうち10代~40代ですでに11件(最も多いのは20代)と過半数を占めており、昨年までの傾向と違いがみられます。
山岳事故の傾向~場所と原因~
【Whereどこで?】【 Howどのように?】【Whyなぜ?】
下山中の発生件数が圧倒的に多い
のぼり・くだり | 件数 |
---|---|
のぼり途中 | 18件 |
くだり途中 | 125件 |
不明 | 8件 |
一般的にいわれている「山岳事故は下山で起きることが多い」は、もれなく大山登山でも該当しております。
表参道(本坂)や雷ノ峰尾根(見晴台方面)での件数が多い
バスターミナル~男坂・女坂~阿夫利神社下社~表参道~大山山頂のメインルートおよび、下社から周回コースを取れる見晴台方面への登山者は元々多いため、それに比例して発生件数全体に占める割合も多くなっています。
一方で、メインルートから外れた「かごや道」で7%となっているのは注目です。
この「かごや道」については、記事後半の「道迷い」で詳しく取扱います。
表参道(本坂1~28丁目)でのポイント別発生件数
発生件数の3割以上を占める表参道を更に詳しく見ていきます。
この表参道合計で49件の事故が発生しておりますが、特に「22丁目付近(7件)」(隣の23丁目付近も3件)「8丁目付近(5件)」「12丁目付近(4件)」が目立ちます。
下の表は22丁目~23丁目の状況ですが、のぼりはすべて発病によるもの、くだりは転倒や行動不能など負傷によるものであることがわかります。
場所 | のぼり・くだり別 | 原因 | 程度 |
---|---|---|---|
22丁目 | のぼり | 熱中症 | 軽症 |
22丁目 | くだり | 疲労 | 軽傷 |
22丁目 | くだり | 疲労 | 軽傷 |
22丁目 | くだり | 転倒 | 軽傷 |
22丁目 | くだり | 転倒 | 重傷 |
22丁目 | のぼり | 発病 | 死亡 |
22丁目 | のぼり | 発病 | 死亡 |
23丁目 | くだり | 疲労 | 無症 |
23丁目 | くだり | 転倒 | 軽症 |
23丁目 | のぼり | 発病 | 死亡 |
表参道(本坂)「22丁目」付近を実際に歩いてみる。
登山道のトレース自体は明瞭でありよく整備されています。
しかし、22丁目および23丁目付近は、足元に大きな石が積み重なっている箇所に加え、山地特有のすべりやすい赤土(関東ローム)の表出箇所もあり、確かに足の置き場には注意を要します
。取材時は雨直後のため足を置く石が濡れておりましたが滑りやすく、疲労がたまった下山時にはより慎重さが必要だと感じます。
さて、ここまでは大山地区での山岳事故概略についてまとめましたが、次章では「遭難の具体的な内容」にスポットをあてて、大山登山の際に気を付けるべきポイントを検証・整理していきたいと思います。
事故の程度から見えてくる特徴
さて、統計結果によると、けがの程度に関わらず何らかの受傷等により救助要請をされた方が全体の半数近くを占めます。
一方で、無傷による要請も全体の約44%(66件)となっております。
無傷者の状況から見える特徴
無傷者はなぜ救助要請をしたのか?
要因 | 件数 | 割合 |
---|---|---|
疲労・体力不足 | 31件 | 47.0% |
道迷い | 13件 | 19.7% |
装備の不足 | 12件 | 18.2% |
その他 | 10件 | 15.2% |
合計 | 66件 | ※小数点以下の端数処理上、合計は100.1% |
疲労による行動不能など体力に起因する要因が5割弱を占めています。
また、「道迷い」と「装備の不足」による救助要請がそれぞれ2割弱となっております。
いずれも偶発的・回避不可能な事故というよりも、計画や準備段階でのミスが無傷での遭難救助に繋がっている状況です。
大山は標高こそ1000m級ですが、ケーブルカーなし(一例:大山ケーブルバス停)の場合は登山口から山頂までの単純標高差が約950mとなり、北アルプス・唐松岳(八方尾根)や八ヶ岳・天狗岳(唐沢鉱泉)に匹敵する標高差があります。
体力・経験、時間と相談しながら、ケーブルカーやヤビツ峠までのバス(いずれも途中の標高700~750mからスタートできる)利用も視野に入れながら、無理のない計画を立てることが大切になってきます。
「道迷い」発生地点に傾向は?
負傷も含めた「道迷い」は全部で16件(すべて下山中)ですが、うち半数近くの7件が「かごや道」で発生しています。
また、隣接する「蓑毛道」で2件、隣接する沢筋で1件が発生しており、表参道よりも西側の秦野・蓑毛方面へ下るルートで道迷いの傾向が出ています。また、季節別では10・11月が8件と過半数を占め、年齢別では10~30代が10件と過半数を占めています。
「かごや道」とは?
表参道16丁目から分岐した「秦野・蓑毛登山口」や「大山南尾根方面」へのルート途中、標高約830m付近の「西の峠」付近から更に分岐し、阿夫利神社付近で表参道に再び合流する登山道が「かごや道」となります。
人通りの多い表参道とは異なり、四季折々の自然を感じながら静かな山歩きを楽しむことが出来ます。
「かごや道」を実際に歩いてみる
基本的にはよく整備のされた、トレースも比較的明瞭な一般登山道になります。ただし、表参道よりも登山者は少なくなるため、夕方などの薄暮帯は少々不安や焦りを感じることがあるかもしれません。
なお、ルートロスの可能性を感じた場所は以下2箇所になりますが、いずれも正しい進行方向が微地形の死角に入っている場所になります。一方で、落ち着いて先を見渡せば明瞭に登山道は続いていましたので、登山の原則どおり、あせらないことがまず第一になるのではないでしょうか。
あくまで推測のシナリオになりますが、
- 山頂から阿夫利神社駅(下社)方面に下山を予定していたが、16丁目で分岐を間違え、道標を見て「かごや道」経由で復帰を試みたが、途中で迷ってしまった・・・。
- 地図やライトを持っておらず、日没間際で不安になり救助を要請・・・。
などの状況が発生したのかもしれません。
死亡および重傷(重症)事故の発生要因は?
続いて、死亡・重傷事故(合計47件)に焦点を当ててみたいと思います。
まず原因ですが、滑落・転落が約38%、転倒が約40%となっており両者合わせて全体の約8割となっています。また、登り/下り別では、下山中の発生が33件と約7割を占めています。疲労もたまり足元もスリップしやすい下山は特に注意が必要です。
死亡および重傷(重症)事故の発生場所に傾向は?
下の地図は死亡および重傷(重症)事故の発生箇所をプロットしたものになりますが、登山道の登山者数にほぼ応じて、表参道、雷の峰尾根、男坂で多く発生しております。
発病など主に体調に起因する事故は全てのぼり(もしくは山頂)で発生しており、反対に転倒・滑落に伴う事故はほぼ下山中に発生しております。
特に表参道の場合は16丁目分岐よりも下部、更に接続する男坂で多く発生していることから、疲労のたまる後半は注意が必要と考えられます。 一方で、女坂については重傷事故の発生件数が1件と比較的少ない傾向がありました。
まとめ
この記事は、地元警察署の山岳事故統計を用いて丹沢・大山での山岳事故傾向を明らかにした上で、実際の登山での検証を通し、事故防止のために一登山者としてどのような行動を取るべきか、その考察を加えさせて頂いた内容となります。
大山での山岳事故は、紅葉最盛期の11月で最も多く発生しており、割合の違いは見られるものの、どの年齢層においても発生している状況です。また発生場所に注目をすると、路線では表参道が、その中でも22~23丁目付近で最も多く発生しておりました。この付近は全行程(1~28丁目)のうち登山中の後半に差し掛かり、また足場も大き目の礫や赤土が表出する箇所が点在することから、登山中は体調不良、下山中の転倒事故に繋がったものと思われます。
また、事故の程度に注目して統計を分析した結果、無傷者は下山中での疲労(体力の不足)や道迷いが、重傷者は下山中の転倒・滑落によるものが多数を占めておりました。
道迷いは「かごや道」周辺で発生する傾向がありますが、下山検証の結果、周辺はあくまで整備された一般登山道であることから、「地図・コンパス」「現在地が把握できるスマホ地図アプリ」「万一の日没に備えたライト」といった基本的な携行品を忘れないことに加え、「表参道16丁目分岐」での進路確認が大切になってきます。
重傷事故は、いずれも下山中の表参道下部および、滑りやすい岩の露出箇所が見られる男坂での転倒・滑落により多く発生しております。いずれも疲労のたまる山行後半での発生になるため、体力と相談をしながら、無理をせずケーブルカーの利用やより整備された女坂での下山をすることでリスクを抑えることができると思われます。
本年(2021年)の1~8月までの事故発生件数は20件と、年間ベースで最も多かった昨年(2020年)を上回るペースとなり、直近6年間で最も増加のペースが高くなっています。しかし一方で、秋の大山は紅葉のライトアップがされるなど、1年の中でもハイライトと言える美しい自然や賑やかさを楽しむこともできます。
防寒対策とともに、是非紅葉の大山登山にお出かけになられてはいかがでしょうか?