【この山は私が登っても大丈夫?】「山のグレーディング」のご紹介と「SNS投稿の登山日数」を比較・検証~北アルプス主要山岳を例に~

コラム

昨今、インターネットやSNSの発達により、山の情報を楽しく、スピーディーに得られるようになりとても便利になりました。しかし、投稿(発信)者の知識・経験・技術は様々であるため、最終的には自身の経験・技術による判断が大切になってくることでしょう。
本記事では、まず「この山は私が登っても大丈夫なのか?」という登山者共通の疑問へのヒントとなる、「山のグレーディング」についてご紹介をしていきます。次に、北アルプスの主要コースを例にあげ、「山のグレーディング」と「インターネット・SNSに投稿された登山」の所要日数を比較し、投稿された情報の傾向をつかんでいきたいと思います。

本記事では、山岳関連団体が遭対協の監修下で作成した、登山道の参考評価指標「山のグレーディング」についてご紹介をしたのち、北アルプスの主要山岳15コース(+参考2コース)を取りあげ、山のグレーディングと「ソーシャルメディア上に投稿された登山」の日数を比較し、コースごとに傾向をつかんでいきたいと思います。

目次

【概要】山のグレーディング

引用:信州 山のグレーディング 一覧表

「山のグレーディング」は、長野・山梨県を始めとした国内10県1山域から発表されている「登山道の難易度等を示した参考指標」で、無雪期・天気良好の条件下における登山道の「体力度」を10区分、「技術難易度」を5区分して評価した内容となります。

山のグレーディング、リンク
(2022年4月現在)
主要山岳
秋 田鳥海、栗駒、八幡平
山 形飯豊、朝日、鳥海、蔵王
栃 木那須、奥日光、足尾
群 馬尾瀬、上越界、赤城、妙義、白根
新 潟頚城、上信越界
富 山北アルプス
山 梨南アルプス、奥秩父、富士
信 州日本アルプス、八ヶ岳、信越界
岐 阜北アルプス、白山、御嶽、恵那
静 岡南アルプス、富士、伊豆
石鎚山系(愛媛・高知)石鎚山系

グレーディング利用時の注意事項は、各公式webサイト内に掲載されているため割愛いたしますが、代表的な内容を以下のとおり抜粋し掲載いたします。

「山のグレーディング」利用時の注意事項(抜粋)

◇残雪、体調、その他偶発的な要因による様々なリスクがあるので、それらにも配慮した計画を立てることが必要

◇地震や崩落、雪崩などにより、登山道の通行規制や付け替えがありますので、登山の際には、事前に山小屋や近くの警察署などに登山道の状況等を確認することをお勧め

◇遭難の多い中高年の方は、現在の体力や能力・技術に応じた山選びをしてください。その際、過去に登った山のグレーディングが参考になりますが、「過去の体力や能力・技術はあくまでも過去のもの」であることを十分認識

◇初心者の方は「グレーディング表」の左下のルートから右上のルートへと、徐々に経験を積み重ね

(出典:信州山のグレーディング)

体力度とコース(ルート)定数

体力度

体力度は「1~10」の数字で示され、数値が大きいほど体力を要するコースとなります。
必要な日数を把握できるため、初めてのコースを計画する場合などには事前に山行イメージを掴むことができます。

体力度コース定数推奨日数山岳例
1~30.0超~30.0以下日帰りが可能谷川岳(天神平)、立山(室堂)
4~530.0超~50.0以下1泊以上が適当燕岳(中房温泉)、富士山(吉田)
6~750.0超~70.0以下
1~2泊以上が適当甲斐駒ヶ岳(黒戸尾根)
8~1070.0超~
2~3泊以上が適当槍ヶ岳(上高地)

コース(ルート)定数

山のグレーディングの体力度の根拠となる指標で、大学の先生により発表された指標となります。
「体力度1~10」と密接に関係しており、以下の式で出された「コース定数」を10で割り、小数点以下を切り上げた数値が「体力度1~10」となります。

山のグレーディングではコース定数が既に掲載されていますが、「コースタイム(時間)」「コース距離(km)」「累積標高差(のぼり&くだり)」がわかれば、山のグレーディングに記載のないコースでも計算が可能です。

また、Web上で登山計画を作成するサービスの中には、コース定数が自動計算されるサイトもあります。

自宅でコース定数を出してみる

山のグレーディングには掲載されていない、東京近郊の百名山・丹沢(大倉登山口~丹沢山往復)を用いて、コース定数を自宅で計算してみます。

PIXTA

自宅で計算する際には、同じコースであっても、参照した地図・情報源の「コースタイム」「距離」「累積標高差」によって、計算結果の「コース定数」に違いが現れてしまう点に注意が必要です。

出典コースタイム距離
km
累積
標高差
コース定数(体力度)
登山地図
道標キロ
9.2時間19.2km登り1.68km
下り1.68km
39.8(4)
登山計画
webサイトA
9.7時間18.0km登り2.03km
下り2.03km
44.4(5)
登山計画
webサイトB
10.0時間18.1km登り1.72km
下り1.72km
41.7(5)

特に、コース定数「30.0」(「日帰りが可能」とされるか否かの参考ライン)、「50.0」、「70.0」付近のコースの場合は、計算方法の結果次第で必要な山行日数の解釈に影響が出てしまう可能性もあることから、あくまで柔軟性を持った「参考指標」として利用することが求められます。

技術難易度A

難易
登山道の状況求められる技術・能力
A□概ね整備済
□転んだ場合でも転落・滑落の可能性は低い
□道迷いの心配は少ない
□登山の装備が必要
引用:信州山のグレーディング

技術難易度は「A~E」のアルファベットで示され、AからEの順に難易度が上がります
もちろん、難易度が最も低い「A」の場合においても、「北横岳(八ヶ岳・2,480m)」や「霧ヶ峰(最高峰・1,925m)」など標高の高い自然が相手となるケースも多く、気象の確認や登山の準備は必須となります。

技術難易度「A」:舗装はもちろんされていない自然の中を歩く(霧ヶ峰・車山乗越付近)

技術難易度B

難易度登山道の状況求められる技術・能力
B□沢、崖、場所により雪渓などを通過する箇所がある
□急な登下降がある
□道が分かりにくい所がある
□転んだ場合、転落・滑落事故につながる場所がある
□登山経験が必要
□地図読み能力があることが望ましい
引用:信州山のグレーディング
技術難易度「B」:同じ難易度でも樹林帯から森林限界、足元はゴーロや砂地など多岐にわたる

技術難易度C

難易度登山道の状況求められる技術・能力
C□ハシゴ・くさり場、また、場所により雪渓や渡渉箇所がある
□ミスをすると転落・滑落などの事故になる場所がある
□案内標識が不十分な箇所も含まれる
□地図読み能力、ハシゴ・くさり場などを通過できる身体能力が必要
引用:信州山のグレーディング
技術難易度「C」:雪渓や「三点支持」を要する場所の通過が伴う(白馬大雪渓/中ア縦走路)
難易
登山道の状況求められる技術・能力
D□厳しい岩稜や不安定なガレ場、ハシゴ・くさり場、藪漕ぎを必要とする箇所、場所により雪渓や渡渉箇所がある
□手を使う急な登下降がある
□ハシゴ・くさり場や案内標識などの人工的な補助は限定的で、転落・滑落の危険箇所が多い
□地図読み能力、岩場、雪渓を安定して通過できるバランス能力や技術が必要
□ルートファインディングの技術が必要
E□緊張を強いられる厳しい岩稜の登下降が続き、転落・滑落の危険箇所が連続する
□深い藪漕ぎを必要とする箇所が連続する場合がある
□地図読み能力、岩場、雪渓を安定して通過できるバランス能力や技術が必要
□ルートファインディングの技術、高度な判断力が必要
□登山者によってはロープを使わないと危険な場所もある
引用:信州山のグレーディング
技術難易度「E」:ミスが大事故につながる、高度感を伴う岩場が連続(槍穂高縦走路・大キレット)

このように5段階評価がされた「技術難易度」ですが、グレーディング上の判定は「そのコース上に少しでも出現した最上位の難易度」となっています。
よって、「難易度の連続性(危険個所はワンポイントか連続か?)」により、同じ難易度評価のコースであっても、実際に歩いた際に受ける「難易度」は違ってくることになります。

引用:岐阜県山のグレーディング、ピッチマップ

この「難易度の連続性」への疑問に対してヒントを与えてくれる指標が、グレーディング「ピッチマップ」となります。
現在のところは一部エリアからの公開となりますが、「技術難易度」が地図上に落とし込まれているため、コースの難易度状況を具体的に把握することが可能となっています。

ピッチマップリンク
(2022年4月現在)
カバーする主要山域
富山・ピッチマップ後立山連峰、立山連峰など
山梨・北杜ピッチマップ南八ヶ岳、甲斐駒ヶ岳等
信州・ピッチマップ長野県内、ほぼ全域
岐阜・ピッチマップ槍穂高連峰、笠ヶ岳周辺

山のグレーディング・マトリックス図

引用:山梨山のグレーディング

ここまでに紹介をしました、「体力度」と「技術難易度」を同じ表に落としたものが、山のグレーディング「マトリックス図」となります。
登山コースの客観的な比較ができるため、ステップアップに活用することが可能です。

【傾向】山のグレーディングとSNSの登山記録の日数比較

最後に、「山のグレーディング一覧表」に掲載されている、北アルプスの13山岳・15コースと富士山・2コースを取り上げ、「山のグレーディング・体力度」により分けられた「推奨日数」と「SNSに投稿された登山記録での所要日数」を「日帰での登山率」に注目しながら比較していきたいと思います。

Yamarii編集部しらべ

対象は、2021年8月に有名登山系Webサービスのフォームに投稿された山行記録となり、上図の各コースごとに連続した50件(50件✕17コース)を選抜しました。
50件の選抜作業の際には、まず基点となる日付(全コース同一)と記録を決め、そこから「条件」に該当するものを除外しながら記録を遡っています。

縦軸に「SNSに投稿された登山記録での所要日数」、横軸に「コース定数」をとって傾向を示したものが以下となります。

コース定数「60.0(体力度6~7)」前後の山岳グループ

涸沢からの穂高縦走路。

「山のグレーディング」では「1~2泊以上が適当」とされる、累積標高差が2,000m以上の健脚コースとなります。「奥穂高岳(涸沢)7C」「双六岳(小池新道)6B」の日帰登山率は10%以内の一方で、「富士山(御殿場ルート)7B」や「剱岳(早月尾根)6E」は日帰登山率が80%以上となっています。

成層火山特有の火山灰に足を取られる富士山は、数値に現れない特有の「大変さ」を感じる。

コース定数「30.0~40.0(体力度4~5)」前後の山岳グループ

季節により日照時間や気温といった基礎条件が変わる。秋の燕岳。

一般的に「北アルプスの入門コース」とされる「燕岳(合戦尾根)4B」、「蝶ヶ岳(三股)4B」や後立山の百名山を含む、広く人気のあるグループとなります。
針ノ木岳および五竜岳(八方池~唐松山荘経由の周回)の例外を除き、概ね投稿記録の半数(40~60%)程度が「日帰り」となっています。

最短コースの山行記録は「高速化」の傾向も

唐松山荘と五竜岳

グレーディングレベルが近く、山頂までの複数コースを取り上げた「五竜岳(遠見尾根5C/唐松経由5C)」と「槍ヶ岳(飛騨沢7C/槍沢8C)」では、いずれも「最短コース」での日帰登山率が大幅に高くなっています。
特に「五竜岳」の場合は登山口前後にロープウェイの利用を伴うため、最終便焦りから事故のリスクに十分配慮が必要となります。

同じグレーディングであっても、高山帯や慣れない山域では疲れの感じ方も登山者次第。

おわりに

本記事では、山のグレーディングについてご紹介をしたのち、北アルプスの主要山岳15コース(+富士山2コース)を取りあげ、「山のグレーディング」と「ソーシャルメディア上に投稿された登山」の日数を「日帰登山率」を通して比較、その傾向を調べていきました。

ソーシャルメディア上の投稿記録を「登山計画、特に登山日数の把握」目的で利用する際には、まず山岳という特殊な環境の情報を発信していただいている先行者に敬意を払うことが必要だと思われます。
そして、発信者側の意図・目的を受信者が慎重に判断したうえで、自身の体力・経験・技術と無理なく「照らし合わせ」ながら利用する必要があることでしょう。
その「照らし合わせ」の際に、自治体等が発信している「山のグレーディング」に見られる客観的な指標は非常に有効なツールになると思われます。

※登山者の抽出方法やデータの出典によっては本稿と異なる結果が出る可能性も十分ございます。