【無雪期・槍ヶ岳】登頂者は夏までにどのような登山に行っている?~SNS登山記録を分析~

コラム

『一生に一度は富士山に登りたいというのが庶民の願いであるように、いやしくも登山に興味を持ち始めた人で、まず槍ヶ岳の頂上に立ってみたいと願わない者はないだろう。』

有名な故・深田久弥先生の言葉になりますが、令和の現代においても、槍ヶ岳は登山者にとって憧れの頂であり、そして特別な存在であることでしょう。

樅沢岳から槍ヶ岳に至る西鎌尾根の稜線を望む

ここでは無雪期・槍ヶ岳の穂先に無事立つことのできた登山者が、普段からどのような登山を行い、そして準備をしてきたのか、SNS上の登山記録を用いながら明らかにしたいと思います。

分析の対象となるのは、有名登山系Webサービスのフォームに記録を投稿、2021年の8月末に槍ヶ岳を目指した50名で、同じ年(2021年)の1月から8月末の槍ヶ岳山行に至るまでに活動した計667山行となります。

ここを目指した登山者が普段行ってきた山行を調べる

50名の選抜作業の際には、選抜者の主観をできるだけ排除できるよう、まず基点となる日付と登山者を決め、そこから「条件」に該当する活動記録を除きながら、連続する50名の一般的な登山の記録を遡ることにしました。

目次

槍ヶ岳登山の基本データ

分析の結果に入る前に、まず槍ヶ岳登山のアウトラインをおさらいすることにします。

コース通称経由地距離累積標高差(上昇のみ)コースタイム
飛騨沢ルート新穂高温泉~槍平~槍ヶ岳26.4㎞2,410m16.9時間
槍沢ルート上高地~横尾~ババ平~槍ヶ岳39.1㎞2,130m20.0時間
表銀座(東鎌尾根方面)中房温泉~燕山荘~大天井岳~水俣乗越~槍ヶ岳37.5㎞3,070m25.3時間
裏銀座(西鎌尾根方面)高瀬ダム~烏帽子小屋~鷲羽岳~双六小屋~槍ヶ岳47.8㎞3,840m32.3時間
槍穂高縦走路(大キレット方面)上高地~横尾~穂高岳~大キレット~槍ヶ岳41.7㎞2,650m25.2時間
参考:燕岳中房温泉~合戦尾根9.8㎞1,420m7.8時間
出典:信州山のグレーディング・岐阜県山のグレーディング

一般的な登山道は、各方面からの5ルートとなります。

人気の高い「上高地~横尾~槍ヶ岳」経由の「槍沢ルート」の往復距離は約40㎞でフルマラソンとほぼ同じ、 最短の「新穂高温泉~槍平~槍ヶ岳」経由の「飛騨沢ルート」でも約26㎞(往復)の長丁場となります。

また、各登山口からの累積標高差は2,000mを超え、どのコースを経由しても一般的には日帰り困難、最低でも1泊以上の宿泊を伴う長時間の山行となることから、入念な準備が必須となります。

1月から槍ヶ岳登山までの山行回数は?

槍ヶ岳山行までの登山が8回(平均月1回)以下のペースの登山者が全体の40%(20名)を占めておりました。

続いて月2‐3回の登山者と月1‐2回の登山者がほぼ同数となっており、ここまでの層で全体の80%以上を占めています。

この円グラフは月別に占める割合となります。

大型連休を含む5月が18%と若干目立つものの、他の月もおおむね10~15%となっており、季節に関わらず比較的バランスよく登られていることがわかります。

登山者個々の持つ経験・技量・体力等が異なるために一概には言えませんが、「急ごしらえ」の準備で槍ヶ岳登山に「間に合わせた」というよりは、普段からコツコツと登山を行った方が無事槍の穂先に立っているようです。

1月から槍ヶ岳登山までに登っている山は?

この図は、登られた山を標高別に区分し、1月から8月に至るまでに登られた傾向を示したものになります。

以下、各季節ごとの特徴をまとめていきます。

厳冬期から早春(1~3月)

槍ヶ岳登山者は、高尾山や筑波山をケーブルカーなしで登るケースが多かった

厳冬期は主に1,000m以下の低山が良く選択されています。

温暖な地域では春を迎える3月になると1,500m級の中級山岳を選択する登山者が徐々に増え、一方で1,000m以下の低山を選択する方が減っております。

1,000m以下の具体的な事例としては、地元近くの丘陵地域でのハイキング、あるいは比叡山や高尾山、筑波山など大都市圏近郊の低山を登っている方が見受けられています。

新緑(5月頃)

PIXTA

大型連休を含む5月は1,000m~2,000m級の山を選択する方が大きく増えますが、まだ森林限界を含む可能性のある2,500m級以上の山に大きな伸びは認められません。

1,500~2,000m級登山の対象としては、西日本は大山や四国、屋久島などが、東日本は奥多摩・奥秩父を始め丹沢、谷川岳や那須周辺が選択される傾向にあるようです。

梅雨(6月)から夏にかけて

常念山脈、蝶ヶ岳

梅雨に入り蒸し暑くなる6月に入ると低山登山は減少、一方で融雪が進む2,500m級の山行が増加します。

また7月に入ると、2,000m級以上の山岳が好まれる傾向が著しく、特に森林限界を超える3,000m級の山々が選ばれています。

山域事例としては、富士山、北ア・白馬岳・唐松岳周辺や蝶ヶ岳など、霊峰白山や交通機関でのアクセスが容易な乗鞍岳、南ア・仙丈ケ岳や北岳、八ヶ岳などが選択されておりました。

山行1回あたりの日数、行動時間、歩行距離、累積標高

日数

7月と8月に「1泊2日」の山行を行う方の割合は若干増加するものの、大半は「日帰り」山行が期間を通して多数を占めている状況です。

ここには、限られた休日数で山に行く現代人ならではの特徴が出ているのかもしれません。

累積標高

冒頭で述べたとおり、槍ヶ岳登山は2,000m以上の累積標高差があります。

この図は、月別に山行時の累積標高差を示したものになりますが、意外にも槍ヶ岳登山までに累積2,000mを超える山行を行ったケースは少なく、春先4月までは1,200m未満、新緑の5月以降でも1,600m未満が多くなっています。

行動時間や歩行距離

8カ月を通し行動時間に大きな差は見られません。

ボリューム層は「4-6時間未満」と「6-8時間未満」となっており、概ね1日の行動時間に収まる範囲の山行が多いようです。

歩行距離も傾向は似ています。

ボリューム層は「6‐9㎞未満」と「9-12㎞未満」となり、片道換算で5㎞前後の山行がよく行われています。
日の長くなる5月以降は「12㎞以上」の山行も増加、7月に入ると最も割合が高い層となってきます。

まとめ、槍ヶ岳山行までの登山傾向

槍ヶ岳山行の前8カ月間の登山は日帰りが中心となります。

厳冬期は、積雪の少ない1,000m以下の低山で足慣らしを開始、大型連休を含む5月までは融雪とともに2,000m級の山域まで足を延ばしはじめます。

梅雨の6月にも継続して山行は実践され、7月の夏山シーズン開始とともに森林限界を超える3,000m級の登山を行ってから槍ヶ岳登山に臨む方が多いようです。

1回の山行での累積標高差、行動時間、歩行距離も極端な差は見られないことから、「できる山から」「コンスタントに」登山をしている方が槍ヶ岳山頂に立っているようです。

おわりに

ここでは、SNS上の登山の記録50名分・667山行を用いて、「槍ヶ岳の山頂に無事立つことのできた登山者が普段どのような登山を行い、そして準備をしてきたのか」ということを中心に調べていきました。

結果、限られた休日のなか「できる範囲の山から」「継続的」に愚直な登山を行い、槍ヶ岳山行に繋げている登山者の姿を垣間見ることが出来ました。

実際、槍ヶ岳のあの狭い穂先に立ってみると、泣いている方、ずっと景色を見ながら何かを考えている方、パーティー間で歓喜に溢れている方など様々な登山者がいらっしゃいます。

この感情は、ここに至るまでの背景となった登山に裏付けられた結果なのかもしれません。

今夏の計画をされている方も、是非この冬から準備を始めてみてはいかがでしょうか?

※槍ヶ岳登山の際には、長時間の歩行に加え滑落の危険性がある岩場の通過等を含みます。準備や山行計画を立てる際には、自治体や山岳関係専門団体等の出す情報を必ずご参照頂きますようお願い申し上げます。なお、登山者の抽出方法やデータの出典によっては本稿と異なる結果が出る可能性もございます。予めご了承のほどお願い申し上げます。