標高3,776mの日本最高峰・富士山は、登山の対象にとどまらず、私たちの住む日本を代表する景観として古くから親しまれてきました。
環境省の登山者数データ(2005‐2019)によると、コロナ・パンデミック前の夏山期間中の登山者数は年平均約26万人となり、レジャーとしての富士登山はまさに夏の風物詩となっています。
一方で、富士山には火山活動の可能性が含まれており、直近では今から約300年前の江戸時代中期に富士は目覚め、約100㎞離れた江戸(東京)でも降灰による被害が認められたそうです(宝永の噴火)。
これ以降再び眠りについている富士ですが、2022年現在においてもその火山活動についての話題は尽きることはなく、国立公園としての優れた景観や経済的なベネフィットを富士から享受する一方で、常に自然の脅威を伴った場所であるといえるでしょう。
今回は、「五合目からスタートする山頂への登山」にどうしても注目があたりがちな富士登山からは少し離れ、山麓の一合目~五合目周辺にスポットをあてた、宝永噴火による火口(宝永山)を目指した富士登山を取材しました。
コースのポイント
最高地点は2,693mの宝永山となります。高山病のリスクを抑えながらも、富士登山の雰囲気を日帰りで十分に味わうことのできるコースとなります。
- 「御殿場口」からの周回:富士登山・主要四ルートのうち、もっとも標高の低い御殿場口を利用します。徐々に体を慣らしながら高所へ向かうことができます。
- 「須山口登山道」を利用:富士登山・主要四ルート以外のマイナーコースで登山をします。
- 「3つの宝永火口」を見ながら「宝永山(2,693m)」をめざします。
- 「大砂走り」を使ったダイナミックな下山ができます。
単純標高差は約1,200m、コースタイムは約7時間となり、比較的ボリュームのある登山になります。正しい登山の計画と準備が必要です。
御殿場口新五合について
富士山主要コースの中では最も標高が低く、山頂までの距離も長い「御殿場口新五合」が出発点となります。
「新五合」とされますが標高は1,450mとなり、最も登山者の多い「吉田ルート(山梨)」の一合目と同じ標高になります。山頂に挑む際には、2,000m以上の落差を歩き切る登山経験と体力、準備が必要です。
登山口周辺には、お手洗いや売店、登山情報コーナー(Mt.Fuji Trail Station)、メディカルポートが設置されていますが、他の富士登山口よりもコンパクトなつくりとなっています。
御殿場口へのアクセス
マイカー
主要登山口のうち、唯一マイカー規制のない登山口となります。数百台を収容できる広い駐車場が設置されていますが、取材をしたシーズン週末は、明け方でほぼ満車となっていました。
電車&バス
JR御殿場線、御殿場駅からバスにてアクセスすることができます。
御殿場口~須山口登山道・二合五勺
御殿場口駐車場を出発すると、さっそく富士山特有の黒い火山砂利が広がる柔らかい登山道が続きます。砂利の深い場所は足がとられやすいため、踏み固められたトレースを追っていくことにします。
10分ほどで最初の山小屋「大石茶屋」となります。そのまま御殿場ルートを山頂方面に進む場合は、標高約2,600mの「新六合、半蔵坊※」まで小屋がないため注意が必要です。
※2022年オープン。昨年までは七合四勺(標高約3,000m)の「わらじ館」まで小屋がありませんでした。
今回は、「大石茶屋」から分岐をする「二ツ塚ハイキングコース」方面へ進んでいくことになります。御殿場ルートには多くの登山者が歩いていますが、こちらに進む登山者はほぼ皆無です。
約1時間の二ツ塚まで、荒涼とした登山道を無心にのぼっていきます。まだ午前7時前ですが、既に日差しは強く遮る木々もないため、すでに額には汗がにじんできます。
あまり知られていませんが、二ツ塚コースから富士宮口を経由し山頂に至ることも可能です。御殿場口経由よりもコースタイムで30分ほど多くかかりますが、四合目付近までは涼しい樹林帯の中を、六合目以上では山小屋の多い富士宮コースを利用することが可能です。
単調な火山砂利の中を登る御殿場口登山道と比べ、見どころが多いのが特徴です。
登山道は二ツ塚のピークの間を抜けて行きます。この「塚」は富士山の火山活動による側火山で、富士山麓には同じような円形の丘陵が数多く見られます。
更に15分ほど歩くと「四辻」となり、御殿場口二合八勺から分かれる須山口下山道と交差することになります。
今回は、ここから1時間程度の場所にある須山口登山道を経由して宝永火口と宝永山を目指します。
ところどころ、小さな谷と尾根のアップダウンを繰り返しながら山麓を巻いていきます。遠目には独立した山容の富士山も、小さな起伏が意外とあるようです。
また、先ほどまでとは周囲の様子が一変し、四合目付近まで続くカラマツやシラビソの生える樹林帯の登山道に入っていきます。日差しの厳しい富士登山にあって、この区間は体力の消耗を抑えてくれるオアシスとなります。
途中標高約2,000m付近の「御殿庭入口」分岐を経由し、二ツ塚から1時間半ほどで須山口登山道に交差します。
須山口登山道・二合五勺~宝永火口
富士登山のメジャーなルートは、山梨県側の「吉田ルート」と、静岡県側の「須走ルート」「富士宮ルート」「御殿場ルート」の四つとなりますが、この登山道以外にも複数のコースが張り巡らされています。
現在の須山口登山道は、「富士宮口」シャトルバスが発着する「水ヶ塚駐車場」前に一合目を構える(須山口登山道自体は、より下方にある須山浅間神社まで続く)登山道となります。一時は荒れていたそうですが、地元の団体のご尽力により復活を遂げたそうです。
ここからは、須山口四合五勺付近(宝永山・富士宮ルート分岐付近)にかけて、標高差約500mを一気に登っていきます。これまでの傾斜は緩やかでしたが、ここからは一気に傾斜がきつくなります。
岩や火山砂利を進む富士登山のイメージとは異なり、八ヶ岳や日本アルプスといった山域の稜線アプローチのような登山道が続きます。ときどき、枯れたシラビソの甘い香りに癒されます。
また、宝永山に至るまでに、江戸時代の噴火により作られた三つの火口(宝永火口)を通過していきます。まずは小一時間ほどで最も小さな第三火口(標高約2,200m)への分岐が現れます。
折角なので少し寄り道してみます。須山口登山道から火口方面への遊歩道を5分ほど下っていくと、第三火口を見学することができます。わずか300年前にできた火口内には、すでにカラマツが侵食し始めています。
第三火口から30分ほどで周囲の木々が少なくなり、森林限界上の火山礫(れき)が広がる富士山らしい登山道となり、急登を登りきるとそこには第二火口が広がっています。
ここからは、バス停もある富士宮口五合目(約30分)へのハイキングコースが分岐しており、万一のアクシデントの際にはエスケープをすることが可能です。
ハイカーの数もぐっと増え、ここからは人気のある富士登山の様相が戻ってきますが、この付近一帯は分岐の多いエリアとなりますので、道迷いに注意が必要です。
第二火口にそって上り詰めると、最終的に富士宮口六合と宝永山方面への分岐に出合います。
山頂を目指す場合は富士宮口六合方面に針路を切ることになりますが、今回は第一火口を経由して前方にそびえる宝永山を目指します。
宝永火口~宝永山
富士宮口六合分岐からは、一旦第一火口の火口底に向けて下っていくことになります。
この区間は火口付近を通過するダイナミックなコースで、前方には火口壁がそびえており、これから目指す宝永山も火口に隣り合っていることがよくわかります。
1m大の大きな岩がそこかしこに転がっており、火山の威力のすさまじさを感じることができます。
火口底付近に設置されている休憩用のベンチを過ぎると、宝永山に向けての最後の登りとなります。標高は2,500m(酸素濃度は地上付近の約75%)近いため、ハイカーによっては息苦しく感じるかもしれません。
また、一見すると近いように見える宝永山ですが、火口底からの標高差は約300m程度残っており、山頂までは1時間ほどを要します。小刻みに立ち止まりながら、ペースを落としてゆっくり登っていくことにします。
立ち止まった際に振り返ると、第一火口のパノラマが広がっています。
足元は御殿場口登山口周辺と同様に火山砂利となります。スプーンカット状の足跡をうまく使いながら登る必要があり、力のかけ方が悪いと「一歩登って半歩下がる」のような状態が繰り返されてしまいます。
息を切らしながらつづら折りの登山道を進んでいくと、やっとのことで火口縁の稜線が近づいてきます。ここまで来ると宝永山頂まではあとわずかです。
山頂からは360度の展望が広がっています。前方には箱根山地や伊豆半島、そして駿河湾のビーチラインを望むことができます。また、背後には富士山頂まで続く尾根が大きく続いています。
御殿場口方面には雲が湧いていますので、昼食もそこそこに切り上げ、下山を開始することにします。
「大砂走り」で下山
下りは御殿場ルートの下山道を利用します。
御殿場ルート下山道の七合目~新五合(一合)にかけては、柔らかく厚い火山灰の中を進むダイナミックな「大砂走り」となりますが、六合目付近に相当する宝永山からも「大砂走り」を経由して御殿場口に戻ることができます。
一歩で大きく進む「大砂走り」では、標高差1,200mの下山に見込まれるコースタイムが90~100分程度※とされており、一般的な山のコースタイムよりも大幅に所要時間が短くなっています※。
※地図により差があります。例えば北アルプスの燕岳(標高差約1,300m)に見込まれる下山コースタイムは約180分を要します。
火山砂利や火山灰が靴の中に侵入するため、ゲイター(スパッツ)は必須です。万一ゲイターがない場合でも、足首から靴にかけてガムテープ等を「ぐるぐる巻き」にすると同じ効果を得ることができます。
上記対策を施さないで下山したこともありますが、砂利が入るのはもちろんのこと、靴の中やソックスは火山灰で黒く変色し、事後の洗浄作業が非常に面倒です。
ほこりや砂利も巻き上げるため、ザックカバーやランニング用のバフといったツールの併用が有効です。また、コンタクトレンズ利用の場合は砂への対策があった方がよいかもしれません。
標高約1,900m(二合五勺)の次郎坊を過ぎると「大砂走り」の傾斜も緩やかになり、前方に広がる一直線の下山道を御殿場口に向かってスパートしていきます。
特徴的な大石茶屋の看板を過ぎると、間もなく登山口に戻ってきます。
登山口横の「トレイル・ステーション」には無料の仮設水場が設置されており、顔や腕にこびりついた火山灰を落とすことができます。ポリタンク等を持ち運べるマイカーの場合は、洗顔用の水を持参するとその後の快適度に大きな違いがあると思います。
おわりに
ここまで、富士山御殿場口から須山口登山道を利用、宝永火口・宝永山を経由して大砂走りを経験できる富士山のコースを紹介いたしました。
酸素の薄い中、修行のようなイメージがどうしても否めない富士登山ですが、意外にも五合目より下では緑も多くみられ、風景に富んだダイナミックな登山を楽しむことができます。
皆様も是非、万全な登山の準備と計画で富士登山に挑まれてみてはいかがでしょうか。
※富士登山の際には、登山靴・雨具防寒具・ヘッドライト・地図・食料・十分な水・救急キット等を含めた登山準備を含め、必ず公式情報をご覧頂きますようお願い申し上げます。