【日本百名山・八ヶ岳】硫黄岳をのんびりと巡った詳細レポート

山紹介

いよいよ夏本番ということで、森林限界を超える山域での登山を計画されている方も多いかと思います。本記事では、日本でも代表的な高山の集中する中部山岳エリアの内、八ヶ岳・硫黄岳(2760m)周辺の登山をご紹介したいと思います。

八ヶ岳は過去に火山活動を伴ったと推定される山梨県北西部と長野県にまたがる南北30-40㎞、東西15-20㎞の山塊で、稜線は標高2000mの亜高山帯~標高3000m弱の森林限界を超える高山帯となっているためその自然環境は厳しく、ほぼ全域が八ヶ岳中信高原国定公園に指定されています。

今回ご紹介する硫黄岳コースの途中である「夏沢峠」を境に、一般的に「なだらかな森の北八ヶ岳※」「険しい岩の南八ヶ岳」と区分されているのは耳にされた方も多いかもしれませんが、硫黄岳を含む「南八ヶ岳」の場合、登山口から森林限界を超える稜線までのアプローチに要する単純標高差は概ね700m~となっており、特に稜線付近は岩稜帯の登山道が中心となるため、相応の体力・経験が必要となってきます。

※根石岳・天狗岳周辺は北八ヶ岳の中でも標高2600mを越える高山帯(森林限界より上)になりますので、服装、装備に充分な注意が必要です。

硫黄岳(左)と横岳2830m(右) 主稜線は国定公園特別保護地区 いずれも森林限界上の厳しい環境

八ヶ岳と山麓地域

山に入る前に、まずは八ヶ岳山麓にスポットをあてたいと思います。

八ヶ岳の東側山麓は標高1500m弱の高原(野辺山原)となっており、清里などの観光地や冷涼な気候を生かした高原野菜の栽培が有名で、最高峰の赤岳から清里方面へ南東方向に延びる県界尾根が山梨・長野の自治体境界線となっています。

また、この県界尾根から八ヶ岳主稜線(縦走路)にかけて概ね日本の中央分水嶺(降った雨が日本海側か太平洋側どちらに出るか)の一部となっており、東側は千曲川(信濃川)として新潟から流出、南側~西側が釜無川(富士川)および諏訪湖経由で天竜川として静岡から流出しており、北陸・東海を含む中部日本の貴重な水資源の供給源のひとつとなっております。

一方で西麓に目を移すと、蓼科などの高原・リゾート開発地域が、更に下部には茅野・上諏訪といった都市地域が拡がっており、山岳地域と文化面での繋がりもあるようです。

例えば、次回は2022年予定の諏訪大社の御柱祭(6年(数え年で7年)に1度)の御柱(上社(本宮・前宮)、下社(春宮・秋宮)各4本、合計16本)は、八ヶ岳山麓や諏訪の後背地の山域から切り出され、特に南八ヶ岳の一部とされている阿弥陀岳(硫黄岳より南方約3㎞)へ至る御小屋尾根下部の御小屋山周辺は、古くは上社御柱の供給地とされていたそうです。

山を休ませるために、しばらくこの付近からの切り出しはされていなかったようですが、2022年の御柱祭に向け、約30年ぶりに御小屋山周辺からご神木が選ばれたそうです。

阿弥陀岳(2805m)からの御小屋尾根越しに諏訪盆地を望む

【Driving Safety】登山口までは安全運転で

ところで、登山や八ヶ岳からは話題が少し逸脱しますが、大都市近郊の山域の場合は比較的電車・バスが発達しているということもあり、普段は自動車をあまり運転しないで山行をされている方も、夏山のハイシーズンで高い山へ向かうときは自動車を利用される方もいらっしゃることかと思います。

登山道におけるガイド同様、一般道におけるドライバーは同乗者の命を担う

しかし、一般の休日運転とは異なり、特に朝が早い登山の場合「前日夜発ないし深夜~未明に出発」といった、登山特有の運転スケジュールになることも多いのではないでしょうか。

加えて、繁忙期にあっては「限りある登山口駐車場の争奪」を頭の片隅に残しつつ、「遠征登山の高揚感」や「早朝深夜の空いている道路環境」も相まって、ついつい運転スケジュールに無理が生じてしまいがちです。

また、後泊する場合を除き、下山後も長距離運転をする必要が出てきます。安全登山を意識し素晴らしい山行を終えたとしても、帰りの道中で事故を起こしてしまっては元も子もありません。

出典:国土地理院地形図に情報を加筆

長野県警の交通統計(令和2年)から、中部山岳(日本アルプス、八ヶ岳など)の登山口までのアクセス道路としても機能している路線の交通事故負傷者数・死亡者数を以下のとおりまとめてみました。

統計は一般の事故も含まれているため、もちろん登山前後の交通事故との判別までは出来ませんが、登山口までのアクセス道路として機能している路線で一定数の交通事故が発生しているのは事実のようです。

負傷・死亡を伴う交通事故発生件数(道路実延長100㎞あたり)

路線名通過する主な地域沿線の主な山岳事故件数
国道18号上田・長野浅間山、四阿山、戸隠、妙高291.6件
国道19号松本・木曽常念山脈、御嶽山123.5件
国道20号富士見・諏訪八ヶ岳・鳳凰三山・甲斐駒164.5件
国道147号安曇野・大町常念山脈・鹿島槍・爺165.4件
国道148号大町・白馬五竜・白馬・唐松45.7件
国道153号伊那・駒ヶ根中ア・南ア南部115.9件
国道158号松本IC~上高地槍穂高・乗鞍59.1件
〔参考〕高速(上信越・中央など)10.3件
                                  長野県警交通統計(令和2年)により作成

また、第1当事者(最も事故の過失割合が高い人)の事故原因としては、「脇見運転15%」「漫然運転11%」「動作不注意16%」といった、安全運転義務の違反によるものの割合が高くなっております。「登山の話題で盛り上がり・・・」「景色に見とれてしまって・・・」信号待ちで追突事故・・・などには注意が必要です。

また、年代別の事故発生件数(免許保有者1万人あたり)としては、〔20代〕52件、〔30代〕30件、〔40代〕29件、〔50代〕28件、〔高齢者〕30件となっており、20代で単位当たりの発生件数が群を抜いて多くなっております。

命を預かるドライバーは「この人の運転で大丈夫・・・?」、「登山中は親切な方だと思ったのに・・・車の運転になると別人みたい・・・。」と同乗者に思われないように、安全・安心な運転を心がける必要があります。

■無理のない運転計画と定期的な休憩!
長時間の運転は、疲労から事故を起こしやすくなります。ゆとりのある計画を立てた上、あらかじめ、休憩するサービスエリアを決めておき、定期的に休憩をとり気分転換を図りましょう。

■出発前の車の点検と整備!
走行中のオーバーヒートやタイヤがバーストしないよう、出発前に車の点検・整備を行いましょう。

■万が一の場合の安全措置!
万が一、交通事故や車の故障が発生し、やむを得ず本線上に車を止める際には、ハザードランプを点け、発炎筒や停止表示板を設置した上で、速やかにガードレールの外など安全な場所に避難してください。


※山梨県警『夏休みにおける高速道路の交通事故防止』より

コース紹介:桜平~オーレン小屋~夏沢峠~硫黄岳~赤岩ノ頭分岐~桜平

コースタイム体力レベル技術レベル
4.5時間★★☆☆★★☆☆
Yamarii登山グレーディング

約9㎞、コースタイム:約4.5時間(休憩のぞく)、累積標高約970m、約970m


信州山のグレーティング:3B(桜平~夏沢峠~硫黄岳山頂往復の場合)
〔信州山のグレーディングについて〕
https://www.pref.nagano.lg.jp/kankoki/sangyo/kanko/gure-dexingu.html

出典:ヤマプラに情報を加筆

アクセス

標高2000mちかくまで、車両の力を借りることができる

中央道・諏訪南ICより、八ヶ岳ズームライン・エコーライン経由で約17㎞(唐沢鉱泉・桜平分岐まで)
唐沢鉱泉(天狗岳方面)・桜平分岐を過ぎてからは幅員の狭い未舗装路林道となります。

特に夜間の走行には注意が必要です。行先となる桜平駐車場は上・中・下の3か所にあります。標高2000m近くまで車で入れるため、整備して頂いている方々には感謝です。

駐車場登山口までの距離収容台数
桜平〔上〕0.3㎞20台
桜平〔中〕0.6㎞60台
桜平〔下〕3.5㎞70台
                    オーレン小屋「八ヶ岳だより:桜平登山口周辺駐車場 位置図」による

お手洗い・コンビニエンスストアなど

桜平「中」の駐車場にはお手洗いが有りますが、現在新型コロナウイルス感染症対策で使用禁止です。

コンビニエンスストアは諏訪南IC付近に1店舗、登山口とは反対方向約1㎞の場所にも1店舗(いずれも大手チェーン)があります。

※夏期の人気の登山口付近のコンビニでたまにあるケースですが、あてにしていた「おにぎり・軽食類」が既に完売になっていることもあるので、補給を直前で予定している場合は、数カ所の目星をつけておくと安心です。

まずは夏沢鉱泉経由でオーレン小屋までの登り

ひんやりとした空気のなか登山道入り口のゲートをくぐると、しばらくは夏沢沿い樹林帯の林道を歩きます。

既に標高が2000mほどの亜高山帯のため、周囲に視線を移すとカラマツ、ツガ、シラビソなどの植生が見られます。また、若葉色の新芽も映えており、都市部との季節の移り変わりの違いを感じられます。なお、一帯は八ヶ岳中信高原国定公園の特別地域(稜線付近は最も環境に配慮が必要な特別保護地域)になりますので、環境への十分な配慮が必要です。

Q. 似たような針葉樹ですが、名前当てられますか?

駐車場から林道を30分ほど歩いていくと夏沢鉱泉に到着です。

登山届と投函ポストも設置されているので、事前に届出を忘れている場合はここで提出が可能です。

夏沢鉱泉を出発すると、道幅も狭くなり徐々に登山道の雰囲気となってきます。

途中、オーレン小屋の水力発電設備や針葉樹林特有の甘い匂いを感じながら、落ち着いた雰囲気の道を歩いていきます。夏沢鉱泉から60分弱、傾斜が緩やかになってくると、まもなくオーレン小屋に到着です。

しっとりとした朝の登山道

夏沢峠経由で硫黄岳山頂へ

オアシス、オーレン小屋

オーレン小屋を出発すると、すぐに箕冠山(みかぶりやま・2580m)・根石岳(2603m)方面への分岐となります。

比較的大きめの石の間を縫うように登って行きます。途中、じゃかご状の登山道補強箇所等も何か所か見られ、とても歩きやすく整備されています。また八ヶ岳の登山道の場合は、特に山小屋のスタッフの方々の多大なご尽力があって成り立っているそうです。

登山道は魔法で歩けるようにされている訳ではない

オーレン小屋から20分程で、前方の視界が開けると夏沢峠へ到着します。

夏沢峠からは登山道の斜度も増し、標高差約330mを硫黄岳の爆裂火口縁に沿って一気に登っていくことになります。

振り返ると、峠の反対側の箕冠山が姿も。山肌を見てみると、深緑色の山肌の一部に所々白灰色の貝殻状の縞枯れが見られます。風や土壌などの影響で自然と枯木帯が形成されるなど、有力な説はいくつか存在するようですが、現在でも断定には至っていないそうです。

南北八ヶ岳境界の夏沢峠と箕冠山を望む(奥には西天狗岳)

少し飛ばしすぎたせいか、標高2500mを過ぎたあたりから段々と頭がボーッとしてきました。

酸素濃度は地上の約7割ですので、一旦立ち止まり深呼吸をしながら、ゆっくりと登っていくことにします。

さて、峠から15分ほど登ると樹林帯を抜け、ハイマツを中心とした高山帯となり展望が大きく開けます。

この日はガスが出がちだったので少々残念でしたが、左側は迫りくる爆裂火口を、右側は茅野方面に続くなだらかな山麓を見渡すことが可能です。

足下は大きめの礫が積み重なる場所が多くなってきますので、ご紹介コースの逆回りや横岳方面からの縦走時に下る場合は、浮石による怪我等に気を付ける必要がありそうです。また、大きめのケルンを要所々々に設置していただいているので、ガスや悪天候時には助かります。

足元にはキバナシャクナゲをはじめ、高山植物が咲いている。ケルンを目印に爆裂火口縁を進む。

夏沢峠から約70分で硫黄岳山頂に到着となります。

山頂は比較的広い平たんな場所で、昼食時もゆったりとした時間が過ごせそうです。なお、硫黄岳山頂から最寄りの山小屋である横岳方面への硫黄岳山荘を往復すると、一旦下って50分弱を要します。

山頂は平らで広い。強風や視界不良時は要注意。

硫黄岳山頂からの下山

視界がガスで悪い。下る方向が不安になる

時間も遅くなってきましたので下山を開始します。

今回は赤岩の頭経由で下山となりますが、山頂が広くガスも立ち込めてきましたので、進む方向に不安が出てきました。そこで、スマホアプリのGPS機能で方向を確認すると同時に、地図とコンパスを用いて進行方向を確認することにします。

(地図はイメージ:実際にはきちんと磁北線を入れた地図が必要)

特に一般登山道でも、暗いうちの出発や濃霧などで、トレースが不明瞭あるいは風景変化に乏しい場所などを通行する際は、GPSの現在地機能と併用することで道迷い防止にかなりの効果があると思います。

ガスのかかる赤岩ノ頭分岐付近

山頂から15分ほど下った赤岩の頭付近の鞍部より、「オーレン小屋方面」「峰の松目方面」「赤岳鉱泉方面」の3方向に登山道が分岐します。

分岐後はハイマツやダケカンバがモザイク状に分布する沢沿いの登山道を下っていきます。

硫黄岳周辺に関する過去の文献を調べてみると、どうやら風の影響等もあり谷筋沿いでは森林限界の標高が高いとの見解もあるようです。また、この日は標高2500m付近でニホンカモシカも見ることができました。(残念ながら撮影はできず。)

積雪により根元が変形したダケカンバ

引き続き進んでいくと、徐々に登山道の傾斜が緩くなり、シラビソが優占する森を抜けるとオーレン小屋まで戻ってきます。さらにオーレン小屋から桜平の駐車場までは、約60分の下りとなります。

往路にも通過した夏沢鉱泉を再度通過し、最後に林道がのぼりはじめると、間もなく桜平の登山口に到着します。

オーレン小屋の幕営地。思い思いの時間が流れる。

おわりに

今回は、普段の生活圏と「あこがれの山域」の結節である長距離運転時の注意にも触れながら、森林限界を超える3000m級前後のコースとして南八ヶ岳・硫黄岳をご紹介させて頂きました。

勿論、情報に溢れる昨今の社会ですので、綺麗に整えられた山岳情報についてもその例外ではないと思います。

しかし一方では、新型コロナウイルスによる社会の混乱が収束していない、あるいは沈静化に向け日夜尽力されている方々がいらっしゃる中、いくら感染リスクが低い野外活動とはいえども、改めて安心・安全な登山を心がけ、事故等による医療負荷に配慮をしていく必要があるのではないでしょうか。

記事上のコースタイムには個人差がありますので、ご無理をせず、安心・安全な登山をお願いします。